ヨガ

ヨガ哲学のアヒムサとは?ヨガ愛好者にヴィーガンが多い理由との関連も詳しく紹介

今日は、ヨガ哲学の中から「アヒムサ」についてお伝えします。

アヒムサはヨガを学んでいる人であればほとんどが知っていて、数あるヨガの教えの中でも代表的な教えとも言えると思います。

アヒムサの教えはヨガ愛好者のライフスタイルにも影響を与えていて、ヴィーガンという習慣もアヒムサの教えが由来になっているという説もあります。

これから、アヒムサとは何か?ヨガ愛好者にヴィーガンが多い理由とアヒムサとの関連とは?管理人自身の経験からアヒムサを日常に取り込むとはどうゆう事か?ということについて書いていきます。

アヒムサとは?

「アヒムサ」とは、サンスクリット語で「苦痛を引き起こさないこと」という意味の言葉です。

アヒムサの大前提として、「他者に対して苦痛を与えてはならないということの他に、自分に対しても苦痛を引き起こすことをしてはならない」という教えを忘れないのが大切です。

そしてアヒムサは次の3つの方向から考えることができます。

  1. 行為のアヒムサ
  2. 言葉のアヒムサ
  3. 思いのアヒムサ

順番に見ていきましょう。

行為に対してのアヒムサとは?

「行為のアヒムサ」は、誰かを苦しめるような行為はしてはいけないという教えです。

例えば、誰かの身体を物理的に傷つけることをしてはいけないというのは分かりやすいですね。

他者に対して身体的な苦痛を与える行為をしてはいけない事は一般常識として当たり前ですが、アヒムサは自分に対しても同じように苦痛を与える行為をしてはいけないということになります。

言葉に対してのアヒムサとは?

「言葉のアヒムサ」は、誰かを傷つける発言をしてはいけないという教えです。

物理的に誰かを傷つけることをしていなくても、誰かを苦しめるような発言をすることは許されていません

思いに対してのアヒムサとは?

「思いのアヒムサ」は、苦痛をもたらすような思いを抱くことをしてはいけないという教えです。

ヨガ哲学では、行為や言葉のように目に見える悪い行動を禁止することに加えて、自分の心の中の思いにもアヒムサを実践する必要があると言われています。

言動には出さなくても、気に入らない人がいると心の中でその人を否定したり、その人の不幸を願ったりするのは、ついついしてしまいがちなことですが、その状態では完全にアヒムサを達成しているとは言えません。

アヒムサが達成された結果どうなるのか?

行為・言葉・思いの全てでアヒムサが達成されるとどんな状態になるのか、ヨガ哲学の本「ヨガスートラ」に書かれています。

完全にアヒムサの状態で一定期間過ごせると、目には見えない形でその人からは平和的なバイブレーションを放つようになると言われています。

ヨガスートラの中には、アヒムサを完全に達成した人の前では虎などの動物も穏やかになり、空腹にならない限りはおとなしくしているとも書かれています。

上の例は極端な例ですが、日常生活でアヒムサを達成した人が近くにいるとその人から放たれる平和的なオーラのおかけで周囲が平穏になるというのは想像できるかと思います。

アヒムサをヴィーガンという生活習慣から考える

ヨガを実践している人の中にはヴィーガンという生活習慣を徹底している人も多くいます。なぜならヴィーガンの生活習慣を取り入れることがアヒムサに繋がると考えられているからです。

以下では、ヴィーガンという食事法からアヒムサについて考えていきます。

ヴィーガンとは?

ヴィーガンとは、様々な定義をしている方がいますが一般的には

  • 肉・魚・卵など、動物性の食品を一切食べない完全菜食主義者
  • 革製品など動物が犠牲になっている物は一切身につけない

というような、動物を犠牲にすることを避ける生活習慣をしている人を指すようです。

ヨガ愛好者にヴィーガンが多い理由

ヨガ愛好者でヴィーガンの人は多い印象です。

それはもちろん自分の体質にヴィーガンが合うからという理由もありますが、動物を犠牲にすることを避けることでヨガ哲学のアヒムサを守るためという理由も多いですね。

人間が動物の肉などを食べる過程には

  • 動物を捕まえて獲物にしようとする心=思いのアヒムサに反している
  • 実際に動物を傷つけて命を食べてしまうという行動=行為のアヒムサに反している

が含まれていて、アヒムサに反していると考えられているからです。

ヴィーガンも体質に合わないとアヒムサではなくなる

ヴィーガンは体質に合えば良い習慣だと思いますが、体質は一人一人違うので、自分に合わない場合は無理をしない方が良いと個人的には思っています。

なぜなら、管理人は一時期ヴィーガン憧れていましたが、結果的には体質に合わなくて断念した経験があるからです。

自分の体質には明らかに肉や魚の栄養が必要だと感じているのに、ヴィーガンを続けようとする私を見かねたヨガの先生にこう言われました。

あなたのしようとしている事は、自分に対してのアヒムサができていない

ヨガ哲学のアヒムサは他者に対してだけではなく、自分に対しても同じと考えられているので、自分を苦しめている状況は本末転倒だったのです。

日常の食生活をアヒムサの視点から意識する

管理人はヴィーガンを諦めましたが、アヒムサを知ってからは食事の意識が変わりました。

自分が食べている肉や魚は動物が犠牲になっている物であると意識し始めると、自然と感謝して食べるようになり、食べ残しをしない事はもちろん、必要以上の無駄な量を食べることもなくなりました

このように管理人は自分の食生活をとおして「本当の意味でのアヒムサってどうゆうことか?」を意識するようになり、ヨガの学びが一つ深まった気がします。

まとめ

今回の記事ではアヒムサをヴィーガンという食生活の視点で詳しく書いていきましたが、アヒムサの教えは日常生活のあらゆるところで意識することができて、本当にいろいろなことに気づかされます。

完全にアヒムサを行う事はかなり難しいですが、少しづつでも意識していけば、自然と心も穏やかになり平和に過ごせるようになるかもしれませんね。